FC2ブログ

呼子朝市と旧中尾家屋敷


旅館を早めに出て、呼子の朝市に立ち寄りました。
駐車場の周りには、五月の空の下武者幟が風にはためいています。

朝市


通りにはイカの加工品をはじめ、いろんな海産物などのお店がずらりと並んでいました。唐津バーガーや魚ロッケなど、その場で食べられるものもけっこうあります。市場の二階では、市場で買ったものを焼いて食べられるようですよ。

 通りの奥に、江戸から明治にかけて捕鯨で栄えた『中尾家』(平成20年度佐賀県の遺産に認定)の屋敷が現存しているというので行ってみたのですが、保存修理工事の最中らしく覆いで囲まれていて様子はわかりませんでした。工事終了期間も明記されていなかったので、行かれる際には確かめた方がいいと思いますよ。

朝市1  朝市の入り口方面へ港側を歩いていると、『殿の浦 渡し場跡の碑』が建っており、横には「5足の靴以来、昭和4年に北原白秋が再びこの地を訪れ、多くの短歌などを残している・・・」ことが記されていました。


朝市3  駐車場に向かうと、丁度近くの海中公園で魚を観察できる半潜水型海中展望船「ジーラ」号が停泊していたのでパチリ。前々日に七つ釜で見かけたイカの姿の「イカ丸」号もこちらから出向しているようです。

にほんブログ村 旅行ブログへ fc2ランク←ひとポチッが次に繋がります。
blogram投票ボタン
【data】
佐賀県唐津市呼子町
2009/05/06訪
◆◇◆地図はこちらから◆◇◆
呼子朝市
http://www.yobuko.net/?p=53
旧中尾家屋敷
http://www.yobuko.net/kujira/index.htm
ジーラ&イカ丸はこちらから
http://www.marinepal-yobuko.co.jp/index.html

壱岐を廻る ―18― 原の辻遺跡と壱岐・原の辻展示館


  国の特別史跡に指定されているこの遺跡は、弥生時代中期から後期にかけての大規模集落跡として知られています。『魏志倭人伝』に記載された国の中で唯一、場所が特定できた遺跡といわれています。

原の辻
 まずは、遺跡の近くにある壱岐・原の辻展示館に立ち寄ります。
建物の前には、「日本最古 東アジア唯一」の看板の下に、「敷粗朶工法(しきそだこうほう)」と呼ばれる大陸から伝わった技術で作られた、船着場の模型と地図が設けられていました。

館内は撮影できませんが、原の辻遺跡のことがコンパクトにまとめられているパンフレットが300円ぐらいで販売されていました。

パネル展示や「一支国(いきこく)」の人の復元の服装や、説明も交えた大陸との交流を示す多数の出土品の展示などが見られます。「一支國国民証」にも写真が使われている『人面石製品』もありました。

尚、こちらの施設は安国寺でも説明のあった、2010年・春オープンの『長崎県立埋蔵文化財センター・壱岐市立一支国博物館』に吸収される形で、平成21年8月31日に閉館する予定になっています。

これに関連して、長崎歴史文化博物館では6/26より「邪馬台国への道 壱岐展」も開催されます。
http://www.nmhc.jp/information/info/index.html#1
にほんブログ村 旅行ブログへ fc2ランク

【data】
長崎県壱岐市芦辺町
09/05/05:訪
壱岐・原の辻展示館・・・平成21年8月31日閉館予定
http://www.pref.nagasaki.jp/haru/tenjikan.html
長崎県立埋蔵文化財センター・壱岐市立一支国博物館
http://www.pref.nagasaki.jp/pre-iki/


続きを読む

壱岐を廻る ―9― 黒崎砲台跡


 黒崎半島の先端に、昭和3年から6年の歳月をかけて造られた砲台跡です。
戦艦土佐の主砲が設置され、対馬海峡を通る敵船を攻撃する目的だったようですが、実際には一度も砲弾が発射されることなく終戦、その後撤去されています。

黒崎砲台跡 黒崎砲台跡2 黒崎砲台跡3
黒崎砲台跡入口と書かれた当時の「地下室入口」の前には、全体像が描かれた説明板と、海上自衛隊から資料提供された「黒崎砲台砲弾」と「戦艦大和・主砲砲弾」の模型が並んで置かれています。

黒崎砲台跡4 黒崎砲台跡5
柵もないので、中に入ってみることに。
明りとりはなく真っ暗なので、カメラのフラッシュで足元を確認しながら進みます。
説明板の左端に描かれた倉庫のような部屋を過ぎると、行き止まりの柵がありました。

戻り返して入口を出て、猿岩展望所の売店裏へ。こちらは遊歩道が整備されていて、砲台跡の穴が上から見られます。
黒崎砲台跡6 黒崎砲台跡7 黒崎砲台跡8
動力室や爆薬室は埋め立てられ、土台に残ったセメントの塀に囲まれて、雑草の緑が平成の風に揺れていました。

にほんブログ村 旅行ブログへ fc2ランク←ひとポチッが次に繋がります。
【data】
長崎県壱岐市郷ノ浦町
09/05/04:訪
◆◇◆地図はこちらから◆◇◆
黒崎砲台跡
http://www.iki-brand.jp/info.php?bid=BA000095&key=黒崎砲台跡&page_num=1

壱岐を廻る ―6― 平景隆の墓

平景隆の墓 平景隆の墓2 平景隆の墓3
 1274(文永11)年、壱岐の守護代・平景隆は上陸した元軍と戦いますが、大軍勢と近代兵器に次第に追い詰められ本陣の樋詰城に退却、自刃したといわれています。

樋詰城址に建てられた新城神社の拝殿脇に景隆の墓所があります。どなたの手によるものでしょうか、青々とした榊がお供えしてありました。

にほんブログ村 旅行ブログへ fc2ランク←ひとポチッが次に繋がります。
【data】
長崎県壱岐市勝本町
09/05/04:訪
◆◇◆地図はこちらから◆◇◆
平景隆の墓
http://www.iki-brand.jp/info.php?bid=BA000068&key=平景隆の墓&page_num=1


壱岐を廻る ―4― 鯨供養塔

鯨供養塔
 壱岐は寛永元(1624)年頃~明治30(1897)年頃まで捕鯨が行なわれており、何組もの鯨組が組織され、架せられた税金が平戸藩の財政の一端を担うほどのこともあったそうです。こちらはそうした時代を物語る、唯一つ残っている供養塔なのだそうです。

にほんブログ村 旅行ブログへ fc2ランク←ひとポチッが次に繋がります。
【data】
長崎県壱岐市芦辺町
09/05/04:訪
◆◇◆地図はこちらから◆◇◆
鯨供養塔
http://www.iki-brand.jp/info.php?bid=BA000091&key=鯨供養塔&page_num=1


検索フォーム
カテゴリ
文字サイズ拡大はこちら
◆記事内の写真を
 クリックすると拡大
します
灰緑色文字リンクしてます
◆便利な見方◆
1.下のindex ↓ をクリック
2.開いたページの各項目
 をクリック
3.県別の色分けから
 お目当てをクリック
automatic translation
プロフィール

Nov momiji

Author:Nov momiji

熊本・観光文化検定1級取得
わかりやすい旅の案内を
していきたいです。

お絵描き日記」も宜しくです。

最新記事
カレンダー
プルダウン 降順 昇順 年別

07月 | 2019年08月 | 09月
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31


QRコード
QRコード
リンク


ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

メールフォーム
こちらから連絡は出来ますがサイトに表示されるわけではありません

名前:
メール:
件名:
本文:

RSSリンクの表示
FC2ブックマーク