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唐津神社

唐津神社 唐津神社2
 毎年11月に街を挙げて唐津くんち(国の重要無形民俗文化財)がおこなわれる唐津を代表する神社です。立派な鳥居はおくんちの曳山の姿にも映えるでしょう。

唐津神社3 唐津神社4
 拝殿の彫刻が面白かったので拡大してみました。数種類あった狛犬の中で立ち姿のものがあったのでこちらも撮影しています。

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【data】
佐賀県唐津市
09/05/03訪
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唐津神社
http://www.karatsucity.com/~karatsuj/

安楽寺

安楽寺 こちらにも曽呂利新左衛門の築庭があったそうですが、昭和45年に解体されています。現在は、その名残の「蛇石」「蝦蟇(がま)石」「泣き石」と樹齢400余年の松と蘇鉄が境内に残されています。訪れた時、折りよくお寺の方がおられて、お話しを伺うことが出来ました。

安楽寺3実物を見たかった太閤の泣き石がこちらです。天候がしける前には石の凹部分から風が入り「シュウシュウ」と音がしたのだそうで、名護屋城在陣中、その音がすると秀吉は出陣を取り止めたといわれています。

安楽寺2蛇石」「蝦蟇(がま)石」には、苔の保護用に黒いネットが張られていますが、近づくとなるほどにらみ合い、蛇が鎌首をもたげたようにも見えます。

安楽寺4本堂は、駐車場があるこちら側を通って呉服町商店街内が正面になります。こちらから樹齢400余年の蘇鉄越しの本堂の姿が写真4になります。


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【data】
佐賀県唐津市
09/05/03訪
◆◇◆地図はこちらから◆◇◆

tag : 曽呂利新左衛門

近松寺(きんしょうじ)

 乾元元(1302)年創立と伝わるこのお寺。幾たびか荒廃しつつも、波多氏・寺沢氏と時々の城主により再建され、徳川家光の時に第四世遠室禅師により復し、その後歴代の城主が帰依することとなります。六代藩主小笠原氏の菩提寺でもあり、境内には小笠原廟所を改装し、小笠原家をはじめとした記念品などが展示される小笠原記念館があります。

近松寺お寺の資料によると慶長3年に、寺沢広高により名護屋城の資材を移して山門としたとあります。朝鮮からの撤退完了が同年11月下旬、秀吉の死が公となったのが慶長4年になってからと矛盾はあるのですが、そうした言い伝えが残るほどの歴史が、こちらにあるということでしょう。門の扉には小笠原家の三階菱が印されていました。

近松寺3本堂でお参りを済ませ、三代藩主松平氏建立の石仏の前を通って本堂裏手の庭園へ。「舞鶴園」と名付けられたこちら、曽呂利新左衛門の築庭といわれています(後日、階段を設計した広沢寺も訪れていますので後ほど)。唐津湾頭の風景を写して造られています。

近松寺4庭園の横には、昭和3年に再興された小笠原家の茶室があり、庭園とあわせて3基の織部燈籠が見られます。

近松寺5小笠原記念館を見学後、奥にあるゆかりの方々の墓所へ。こちらには寺沢家第2代当主寺沢兵庫頭堅高や小笠原家第4代当主小笠原佐渡守長和の墓があり、また少年期こちらで修行したと伝わる近松門左ェ門の墓もあります。

戻り返して通用口近くの松浦山聖観音をお参り。こちらは行基作と伝えられ、航海の安全を願って満島山に安置、代々祀られ、昭和39年にこちらに遷座しています。お堂の扁額は道本禅師の筆と伝わっています。

近松寺2

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【data】
佐賀県唐津市
09/05/03訪
◆◇◆地図はこちらから◆◇◆
近松寺
http://www.karatsu-kankou.jp/history_tanbou1.html

tag : 近松門左ェ門 曽呂利新左衛門

石水寺の海棠

石水寺4 石水寺5 石水寺6 石水寺7
 見頃を迎えた海棠が咲く石水寺を史跡ツアーで訪ねました。
小さなうす桃色の花が一斉に咲いた様子は、お寺の周りに霞が立っているようにも見えます。
お庭には他にも、枝垂桜などの花々の姿も見ることが出来ました。

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【data】
熊本県人吉市
2009/ 03/下旬:訪
以前こちらを訪れた様子はこちらから

善行寺


善行寺 善行寺2 善行寺3 善行寺4
 帰り道、行きがけに場所がハッキリしなかった善行寺に立ち寄ることに。以前書いたように、篤姫が江戸へと上がる折りに立ち寄った記録がこちらで見つかったというので、訪ねてみたのです。

なるほど、お寺の前が豊前街道でした(写真1)。
境内へ入ると、どなたも居られないためかお堂も閉まってひっそりとしています(写真2/右上)。横の建物を見ると、欄間のようなところに細川九曜紋の飾りが見えます(写真2/左上)。近づいて写真を撮っていると、ちょうど母屋の方からご住職が出てこられました。

ご挨拶をして、篤姫の記事を見てこちらに立ち寄ったこと、昨夜は雨で千人踊りが観られず残念だったことなどをお話していると、かわいそうに思っていただいたのか、自らご説明をして下さいました。

この九曜紋の建物が休息所だったそうです(写真2/左下が内部)。奥に進むと枯山水のお庭も見えました(写真2/右下)。

また、資料をコピーしたものも見せていただくことが出来ました(写真3)。たしかに「・・・薩州御息女様御登に付き御這入遊ばされ・・・」とありました。

本堂の方へも上げていただいて、天井の見事な絵も拝見することが出来ました。

先ごろ、東京の方で見つかった薩摩藩士による篤姫の記録の解読が進めば、また様子が違ってくるのかも知れませんが、私が訪れた時は地元の方々の信仰のためのお寺の色合いが強い印象でしたので、行かれる折には、くれぐれも節度あるお参りをされますよう、お願いいたします。

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【data】
熊本県山鹿市
2008/08/中旬:訪

南関御茶屋跡
御馬下の角小屋(みまげのかどごや)
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