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名護屋城址


 加藤嘉明陣跡・堀秀治陣跡・名護屋城博物館と廻ってきましたが、いよいよ名護屋城址へ。 はじめて訪れた総面積約17万平方メートルの城址を闇雲に廻るのも無謀かと、「名護屋城跡・定期観光ガイド」を利用することにしました。
http://www.yu-netkita.com/chinzei/castle.html
コースはサイトの地図を参考にしてください。

事前に予約をしていたので、約束の時間に案内所へ。現れたのは笑顔のさわやかなKさんとおっしゃる方。手馴れた様子で、こちらの問いにもはきはきと答えて頂きました。

名護屋城は、松浦党波多三河守親の家臣、名護屋越前守経述の居城を大きく改造して建てられています。築城に際しての設計は加藤清正もあたっています。

名護屋城址
 写真1は観光案内所を背に大手口付近をパノラマ合成したものです。
左の太閤道は唐津から名護屋城へ向かって整備された行軍路で、この道に沿う形で設置されている陣も多くあります。途中かなりの難所があるようですが、昨年秋にはこの道を歩くウォーキング大会もあったようです。また唐津市佐志に「太閤道一里塚」も残っています。

名護屋城址2 名護屋城址3
 名護屋城址は築城された往時の姿に復元するのではなく、築城から破城までの現在の様子をそのまま保存することを旨としています。昭和の再建ブームのような天守閣などの建物は無く、秀吉の死後、破城の際に人為的に崩された石垣が往時の状態で発掘調査の後、整備・保存・展示されています。そうした中で、「名護屋城博物館」の展示物と共に、写真2のように要所に設置されている、説明文や平面図・発掘調査時の写真などの資料は、この広い城址を廻る上でとても役立ちました。また、写真3のように現在位置を示す地図付の方向板も設置されています。(09.06.25/唐津城本丸跡より、名護屋城址の出土と同一文様の瓦片が多数出土したことに関する記事はこちらにまとめています )



―1― ≪ 大手口から東出丸周辺 ≫ 

名護屋城址4


 スタート地点の大手口から、ガイドさんに促されながら東出丸へ向かう緩やかな坂を上ります。
名護屋城址5 名護屋城址6
大手口傍の櫓台を別方向から撮ってみました。こちらは時を告げる鐘があったそうです。

名護屋城址7 名護屋城の石垣は、各曲輪・区域・石垣面で積み方にかなりの違いが見られます。大手口から東出丸へと向かう左手にある三の丸の石垣だけでも、写真のように同一の様式でないことがわかります。これは九州諸大名に名護屋城の普請を分担で命じ、わずか数ヶ月で造られた(発掘調査で出土した天正十八年銘丸瓦により再検討の声もあるようですが)ことと無関係ではないようです。天守台など限られたところで見られる「割石積」は熊本城でも使われている技法です。

名護屋城址8 名護屋城址9
東出丸付近には門の礎石も見られます。その前を過ぎると視界は開けて、呼子大橋や加部島の姿も良く見えます。
名護屋城址10 名護屋城址11
往時の名護屋城の姿を伝える資料の一つでもある「肥前名護屋城図屏風」はこの加部島から見た構図がとられています。また、先日訪れた「加藤嘉明陣跡」は呼子大橋のたもとにあります。他にもこちらから多くの陣跡を眺めることが出来、その様子は扇型の説明板で表示されています。

また、こちらの下は秀吉の居館空間「山里丸」があります。木々が生い茂りこちらからは様子を伺うことは出来ませんが、この後訪れましたので後ほどご紹介しますね。
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【data】
佐賀県唐津市鎮西町
2009/05/06訪
◆◇◆地図はこちらから◆◇◆

肥前名護屋城図屏風
http://bunka.nii.ac.jp/SearchDetail.do?heritageId=23054
名護屋城跡出土天正十八年銘文字瓦
http://www.pref.saga.lg.jp/web/_21393.html

◆ブログ内関連記事◆
名護屋城博物館
名護屋城周辺の陣跡について
勝本城址
唐津城



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堀秀治陣跡



堀秀治陣跡4


 越前国北庄約18万石の城主、堀秀治は文禄・慶長の役に6000人の兵を率いて参戦しています。信長の重臣であった父の後を継ぎ、名護屋城に近いこの地に11haもの陣を敷いていますが、開戦当時16才の若さで、実際には渡海することなくこの陣で暮らしています。

ここは名護屋城の陣跡の中で唯一全域を対象とした発掘調査が行なわれ、そうしたことからも貴重な遺構となっています。陣は本曲輪・北西曲輪・.西曲輪・大手曲輪・東曲輪・北曲輪の6つの曲輪に大別されます。

 尚、この説明は名護屋城に近い大手道から行なっていますが、行き方としてはR204沿いの搦手口から北西曲輪に向かう方向(つまり、説明と逆方向)になります。東曲輪から砂利道も延びていますが、道幅や舗装状態が不明なので、車利用の方は国道を利用される方が懸命だと思います。


【大手道と大手曲輪】
堀秀治陣跡11 堀秀治陣跡10
 写真1/上は大手道のようす、写真1/下は大手曲輪(東曲輪より撮影)です。陣全体の位置関係は写真2を参考にしてください。大手道はかなりの坂になっており、雑草も茂っているのでこれより前の大手曲輪などには直接近づけませんでしたが、門の礎石等が残っているようです。


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加藤嘉明陣跡


加藤嘉明陣跡
 呼子大橋のたもとに、賤ヶ岳の七本槍の1人であり秀吉古参の武将で、往時伊予松前・1万5千石の城主「加藤嘉明陣跡」はあります。橋へと向かう道路沿いに写真1の門が見えます。道を挟んだ反対側に大きな駐車場もありました。

門をくぐると陶製の「肥前名護屋城図屏風」がお出迎えです。以後も、名護屋城周辺の説明板は全てタイル製でした。焼物の街ならではですね。

 遊歩道に沿って奥へと進みます。歩道の辺りは歩き易いのですが、少しそれると雑草が生い茂っていて上手く遺構を見つけられるか少々不安に。説明板によると、「・・・発掘調査の結果、建物跡等の明確な遺構は発見されず、石垣を伴った曲輪跡と井戸跡が見つかり・・・平成元年度から3年度まで環境整備を行い、曲輪跡を平面的に表示すると共に、石垣の残存状況と井戸跡を露出展示・・・」とあります。

加藤嘉明陣跡2 さて・・・と思っていると見つけました!まずは井戸跡の表示板「深さ1mで、上から3/5が自然石による石組、それより下が素掘となっている」。その石は木陰の中ですが、わかりますか?

加藤嘉明陣跡3 続いて見つけたのが「曲輪Ⅲ」(北東側(後方)に崩壊した石垣が残っています)。その石垣が写真。海も入れて写して見ました。ここだけでなく周辺に多く石垣が見受けられます。


加藤嘉明陣跡4曲輪Ⅱ」の辺りは、駐車場越しの海の風景。右手が呼子大橋になります。こちらでは石垣の裏込石と思われるレキが出土しています。近くの石組は新たに積まれたものになります。呼子大橋方向も撮影してみました。斜面の上辺りが「曲輪Ⅲ」になります。


加藤嘉明陣跡5
 残る「曲輪Ⅳ」(前方の高まりは土塁の跡と思われ、曲輪内部から南西側斜面にかけて玉石が出土・・・)も木立で視界が遮られていますが、向こう側はやはり海です。

この場所に立って海を見渡していると、水軍の将に相応しい陣であることが実感できると思います。

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【data】
佐賀県唐津市
2009/05/05訪
◆◇◆地図はこちらから◆◇◆
肥前名護屋城図屏風
http://bunka.nii.ac.jp/SearchDetail.do?heritageId=23054


直江兼続・陣跡 探訪会の様子


 先日、イベント開催のお知らせをした
天地人直江兼続」の陣跡を巡る史跡探訪会~
特別史跡“名護屋城跡並びに陣跡”「第44回史跡探訪会」。

この時の模様を伝える報道がいくつかありましたので、こちらでまとめてみました。

佐賀新聞より
http://www.saga-s.co.jp/news/saga.0.1287546.article.html

佐賀新聞テレビ夕刊より


私が名護屋城址を訪ねる際に問い合わせた時は、見学は難しいということでしたので、現在、個人が見学できるかは、唐津市観光協会もしくは、唐津観光協会鎮西支所にご確認ください。

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【data】
佐賀県唐津市鎮西
09/06/27
以前の記事はこちらから

唐津市観光協会
http://www.karatsu-kankou.jp/index.html
唐津観光協会鎮西支所
http://www.yu-netkita.com/chinzei/index.html


tag : 直江兼続 天地人

名護屋城周辺の陣跡について


 名護屋城は、豊臣秀吉が行なった「文禄・慶長の役」の軍事的拠点として建てられたものです。そのため往時は秀吉の命により集められた諸大名が、この城の周辺に多くの陣を置きました。その数は100を祐に越え、海沿いの静かな集落が一大軍事拠点となりました。現在23箇所が名護屋城と共に「名護屋城跡並びに陣跡」として国の特別史跡に指定されています。この中で現在見学が可能な陣跡を問いあわせたところ、加藤嘉明陣跡・木下延俊陣跡・前田利家陣跡・堀秀治陣跡・豊臣秀保陣跡の5箇所とのことでした(09.05現在)。

 こちらへ移動中にも交差点の名前に「伊達政宗陣跡」とあったり、名護屋城やその周辺で、数種類の案内板を目にしたりします。

陣跡 陣跡2 陣跡3
 写真は名護屋城近くの「道の駅・桃山天下市」にあった「歴史探訪の道」総合案内板(写真1)、「歴史探訪の道」道標(写真2)です。この道標に沿っていくと、要所に「歴史探訪の道」(写真3)陣跡説明板があります(個別撮りしたのを元の姿に貼り合わせたので少々見苦しくなってしまい申し訳ありません)。探訪の道のルートと、この陣跡説明板から見渡せる風景のどの辺りに誰の陣跡があるが、主な武将の説明文とともに6枚のタイルが一組の姿になって示されています。

これをみると遺構へも簡単に行けそうですが、それは残念ながらオススメできません。陣跡の発掘調査や整備は粛々と行なわれていますが、その数が多い上に、名だたる武将の陣跡であっても現在は個人の私有地だったりと、諸事情で見学用に整備・公開されていない場合があります。行かれる際は事前に、見学が可能な陣跡を唐津観光協会・鎮西支所や名護屋城博物館に問い合わせされることをお薦めします。

実際に行けなくても陣跡の配置図をみると、側近を廻りで固め、家康には本陣を目の届く場所・別陣に兵力をまとめさせて城から遠い場所に置くなど、往時の情勢が見えておもしろいですね。

 尚、名護屋城博物館の近くには北政所おねの甥であり最も名護屋城に近い陣跡の一つである「木下延俊陣跡」があります。博物館から遊歩道が延びていて見学しやすく整備されていますよ。

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【data】
佐賀県唐津市鎮西
09/05/05:訪
◆今回訪れた陣跡◆
加藤嘉明陣跡
堀秀治陣跡

●名護屋城周辺の諸大名陣跡(特別史跡に指定された陣のみ)
http://www.yobuko.net/kankou/jinato.htm
●唐津観光協会・鎮西支所
http://www.yu-netkita.com/chinzei/index.html
●唐津観光協会・鎮西支所では、毎年3月に「さくらと陣跡ウォーク」も開催されます。
http://www.karatsu-kankou.jp/event/0802/sakura.pdf
直江兼続・陣跡 探訪会の様子・・・今後の同様のイベントについては、記事内関係先にお問い合わせください。
●名護屋城博物館
http://www.pref.saga.lg.jp/web/nagoya.html

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