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南関御茶屋跡


御茶屋 御茶屋2 御茶屋3 御茶屋4 御茶屋5
 こちらは、藩主が参勤交代する時や領内巡視の際に休憩、宿泊していたところです(写真1)。

サイトの説明にあるように、もともとは近くの南関町公民館付近にあったそうですが、嘉永3~5(1850~1852)年にこの場所に立て替えられています。明治の版籍奉還後、各地の御茶屋は改築等がなされて学校などの公的施設になっていったのですが、幸運なことにここは料亭などとなりながら「御茶屋跡」の姿を留めて使われ、平成15年、全国的にも貴重であると国の史跡に指定されて保存修復工事の後、平成16年よりこうして一般に公開されています。

今回、こちらにうかがったのは、篤姫が江戸へお輿入れの際通ったことを示す古文書が「善行寺」で見つかり、それにより「御馬下の角小屋」(スイカを食べた記録・有)→善行寺(後ほど)→山鹿(細川藩のお茶屋があったこちらに宿泊したことが推測されますが、資料はまだ出てきていません)→南関御茶屋(到着及び出発された記録・有)・・・という陸路であったことがより詳しく示されたと聞いたからです。

小説では篤姫と幾島の距離が縮まるきっかけとして、海路での船酔いのエピソードがあったように記憶しているのですが、実際はこうして陸路を通っていったようです(ルートの全体図も、こちらにおいてある南関町史『まちのあゆみ ふるさと南関』で見ることができます)。

こちらも、ボランティアの方々(南関宿場町伝楽人とおっしゃられます)がお話を聞かせてくださいます。200円(08.08現在)でお抹茶とお菓子もいただけます(写真2)ので、ゆっくりできますよ。

「この辺りに、きっと篤姫様が・・・」とおっしゃる、床の間の前をパチリ(写真3)。畳の縁もこちらの間は模様があるのですが、家臣が控える次の間には模様がありません(写真4)。そんなところにまで身分の上下がはっきり現れているなどのお話しを興味深く伺いました。

保存修復のようすも写真展示されています。ちなみにこちらの工事をされた方は、山鹿の八千代座の修復もされているそうです(後日八千代座も見学していますので、後ほど詳しく)。昔の材料を極力残す形で建てられており、所々木の色が違うのもそのためです(写真5)。修理した時に同じ色にしてしまうと、その後年月に段々色が違ってくるため、現段階で目立っても、徐々に馴染むのを待っているのだそうです。

ところで、こちらのお庭の中に遊歩道があるので、どこに通じているのかお聞きしてみると、「鷹ノ原城址」なのだとか・・・。

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【data】
熊本県玉名郡南関町
2008/08/中旬:訪
南関御茶屋跡
http://www.town.nankan.kumamoto.jp/tour/pub/detail.asp?id=8&c_id=13
◆◇◆地図はこちらから◆◇◆
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御馬下の角小屋(みまげのかどごや)
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