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知覧武家屋敷庭園(ちらんぶけやしきていえん)


知覧屋敷 知覧屋敷2 知覧屋敷4 知覧屋敷5
 次の日は朝から雨。モヤがかかっている道を、知覧武家屋敷群に向かって車は走ります。

 江戸時代の薩摩藩は鶴丸城を「内城」、領地を113の地域に分け「外城」として御仮屋(地頭や領主の屋敷)を中心に武家集落を造り、鹿児島に武士団を集結させることなく分散して統治にあたらせました。全国的には徳川幕府が「一国一城制」を布いており、肥後藩が熊本城の他に例外として八代に城を許されたのも、こうした薩摩藩への備えという側面もあったと言われています。

 武家屋敷群一帯は、「重要伝統的建造物群保存地区」と「美しい日本の歴史的風土100選」、7庭園が「名勝庭園」、通りが「日本の道100選」に認定・指定されています。

 現在残っている武家屋敷群は、江戸時代の中期に作られたとされ、その造りは石敢當(魔除けの石碑)、屋敷内部がみられないように置かれた屏風岩(沖縄のヒンプン)など、交流のあった琉球文化の影響が見られます。また、名勝指定の庭園は、歴代領主が参勤交代の折に立ち寄った、京都の影響もあるのではといわれています。

 麓川沿いの駐車場に車を止めて武家屋敷の並ぶ通りへ。
入口付近にある案内図を眺めていると、どこからともなくパンプレットをもったおばちゃんが「入場料を」と話しかけてきました。近くのお土産物屋さんが料金の徴収をしているのです。

 下調べでは、出口となる方にあるもう一つの駐車場から、しばらく小山を登ると知覧城の支城「亀甲城址」があるとのことでしたので、おばちゃんに聞いてみると「亀甲城ねぇ・・・。知覧城址なら、車で行けるけど・・・」と、いう返事。とりあえずは、武家屋敷群と名勝を見学してからと、歩き出しました。

写真1が武家屋敷群が並んでいる「本場場通り」。低い石垣が両側に続き、その上には整然と刈り込まれた生垣。朝早く、さほど人がいないこともあってか、圧迫感さえ感じます。

2枚目は屋敷の門と、中が見えないように置かれている屏風岩の様子です。屏風石の脇を通って、ほとんどがさらにある門を通ると、母屋がありお庭が広がっているという造りでした。

個々のお庭の説明は保存会のホームページに写真つきで詳しく載っていますので、下記URLからご覧下さい。
http://www.chiran-bukeyashiki.jp/garden.html

写真3は雨の中、じっとお庭に見入って動かなかったシブイ坊や。
写真4は唯一池を配した造りを持つ森重堅氏邸庭園の様子です。

また、通りには2箇所、知覧だけに見られる「知覧型二ツ屋」という造りの休憩所があり、名物の知覧茶や傘提灯などのお土産が売られていました。

この通りは思っていたよりも随分長く、お庭に入ると別世界なのに、通りに戻ると同じような景色が広がっているので、迷路に入り込んだ感覚になり先に行った夫とはぐれてしまい、別々に車の場所に戻ることになってしまいました。

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【data】
知覧武家屋敷群
http://www3.pref.kagoshima.jp/kankou/touris/shosai/1053/
鹿児島県南九州市知覧町
2008/05/05:訪
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