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唐津城

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唐津城
 唐津城は、慶長13(1608)年に寺沢志摩守広高により7年をかけて完成した城で、天守閣の記録が無いことから、築かれなかったのではといわれています。城下の遺構の際にも述べたように、大規模な造成工事で区画整備を行い、防御にも優れた城下町の町割を造っています。防風・防潮のために海岸線に黒松を植えて作った、虹の松原や砂浜を羽に見立てて別名を「舞鶴城」と呼ばれています。

唐津城2駐車場から地下通路を通って、お土産物屋や屋台が並んだ広場へ。そこから進むと写真のように石段がずっと続いています。足腰の弱い方のために、石段前を通り過ぎて奥に進むとエレベーターもあります。

こちらのお城も昨年築城400年を迎え、石垣再建工事が城内の数箇所で現在も行われています。現場近くには説明板が設置され、地図上に年度別に色分けされた再建計画図や、文化財調査なども含む工事の手順などと共に、【唐津城の歴史】のくくりで、白黒コピーではありますが、寺沢期の「肥前国唐津城廻絵図」の部分拡大と、土井期の「唐津城絵図」が比較表示してありましたので接写してみました。
唐津城4 唐津城3

唐津城は広高の後を継いだ堅高の時代に、島原・天草の乱の処分で天草領が没収、正保4(1647)年に堅高自刃により跡継ぎの無かった寺沢氏が改易し、幕府直轄に。その後、大久保氏・松平氏・土井氏・水野氏・小笠原氏と、城主が代わりながら明治を迎え、廃藩置県により廃城となりました。明治10(1877)年に本丸跡は唐津城址公園となり、昭和31(1956)年舞鶴海浜公園へ。昭和41(1966)年、五層五階・地下一階の模擬天守が建てられ内部が歴史資料館となっています。そのため、現存する城内の改修などの詳しい変遷の資料が少なく、どの石垣のどの部分が誰の期のものであるかなどはあまり明らかではないようです。今回の調査でそうしたことも解明されるのではと期待されますね。また、こちらの説明文には「・・・慶長13(1608)年に完成したとされていますが、それ以前の豊臣期に築城されたという説もあります。・・・」ともありました。発掘調査などに基づく検証は専門の方々にお任せですが、往時の唐津の重要性からも何らかの機能は・・・と想像してしまいますね。
唐津城5 唐津城6
唐津城7
 資料のいくつかで各所の名称がまちまちの箇所もあるのですが、現地説明板にあった地図に沿う形で進めたいと思います。

総締門を上がると市の天然記念物の藤の花が迎えてくれます。樹齢100年以上ということなので、明治以降に植えられたもののようです。盛りを少し過ぎていますが天守閣を入れて撮影。こちらは二の曲輪と呼ばれ本丸下段になります。
唐津城8 唐津城9 唐津城10

【data】
佐賀県唐津市
09/05/03訪
◆◇◆地図はこちらから◆◇◆
唐津城
http://www.asobo-saga.jp/modules/auth/index.php/search_details.php?n=21
佐賀新聞テレビ夕刊より、石垣修復工事のニュース動画


◆関連ブログ内記事◆
城下の遺構を廻った様子はこちらに
唐津城本丸跡から、名護屋城址出土と同一文様の瓦片が多数出土


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青木繁を想いつつ・・・

 夭折の天才画家青木繁は、放浪の旅で唐津にも流れています。代表作の「海の幸」や「わだつみのいろこの宮」(いずれも重文)などは、故郷・久留米の石橋美術館に所蔵されているのですが、ここ唐津でも蒐集家河村龍夫氏が集められたいくつかの作品を、河村美術館で見ることができます。

当時滞在した旅館のいくつかも、建物が変わり名を変えながらも続いています。お昼をどうしようという時に、それではとそちらを利用することにしました。青木繁で海の幸という趣向です(海の幸が描かれたのは千葉なんですが)^-^;)ゞ。

宿代がわりや展示会など、唐津で描かれた作品も多かったようですが雲散霧消しており、こちらにあったという作品も行方はわからなくなっています。

エレベーターに乗って着いた御食事処でイカのコースを頼み、その白い肌と大きな眼に福田たねさんのことなどを想いながら食し、窓から見える、その頃は無かった唐津城天守閣を見ながら、彼の人はお城に登ってみたのかしら?虹の松原は散策されたのかしら?などと凡人の私は想像してみるのでした。

海の幸

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【data】
佐賀県唐津市
09/05/03訪
河村美術館 (土・日・祝のみ開館)
http://www.kawamura.or.jp/
石橋美術館
http://www.ishibashi-museum.gr.jp/collections/a.html

曳山展示館

曳山展示館

 唐津神社の隣に、通年で曳山が見られるこちらがあります。

曳山展示館2

 中に入ると、まずお土産コーナーがあり、唐津焼やガイドブックなどで有名な曳山ガムなどがあります。我が家のお土産は唐津くんち柄の観光バスチョロQです。

曳山展示館3 曳山展示館4
その奥に、曳山がずらりと展示している部屋があります。
その日の日付が付いた観光記念のボードも用意してあり、お好みの曳山と一緒に撮影も出来ます。夫は上杉謙信の兜と写真に納まりました。ガラスのケースで保護されているので、少々撮影に難有りなのですが、大事な街の宝ですから・・・。

現代ならFRPなどの造作になるのでしょうが、文政2(1819)年からの歴史あるこちらは“漆の一閑張り”といわれる独特の工法で作られています。中の仕掛けの様子もこちらで見ることが出来ます。

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佐賀県唐津市
09/05/03訪
◆◇◆地図はこちらから◆◇◆
曳山展示館
http://www.karatsu-kankou.jp/history_tanbou1.html#08
唐津くんち
●行事日程
http://www.karatsu-kankou.jp/event1.html
●由来や詳しい様子などが県の観光サイトでも紹介されています。
http://www.asobo-saga.jp/modules/auth/index.php/search_details.php?n=10
※祭りの様子の動画の投稿なども多数されていますので、検索されてはいかがでしょう。

唐津神社

唐津神社 唐津神社2
 毎年11月に街を挙げて唐津くんち(国の重要無形民俗文化財)がおこなわれる唐津を代表する神社です。立派な鳥居はおくんちの曳山の姿にも映えるでしょう。

唐津神社3 唐津神社4
 拝殿の彫刻が面白かったので拡大してみました。数種類あった狛犬の中で立ち姿のものがあったのでこちらも撮影しています。

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佐賀県唐津市
09/05/03訪
◆◇◆地図はこちらから◆◇◆
唐津神社
http://www.karatsucity.com/~karatsuj/

安楽寺

安楽寺 こちらにも曽呂利新左衛門の築庭があったそうですが、昭和45年に解体されています。現在は、その名残の「蛇石」「蝦蟇(がま)石」「泣き石」と樹齢400余年の松と蘇鉄が境内に残されています。訪れた時、折りよくお寺の方がおられて、お話しを伺うことが出来ました。

安楽寺3実物を見たかった太閤の泣き石がこちらです。天候がしける前には石の凹部分から風が入り「シュウシュウ」と音がしたのだそうで、名護屋城在陣中、その音がすると秀吉は出陣を取り止めたといわれています。

安楽寺2蛇石」「蝦蟇(がま)石」には、苔の保護用に黒いネットが張られていますが、近づくとなるほどにらみ合い、蛇が鎌首をもたげたようにも見えます。

安楽寺4本堂は、駐車場があるこちら側を通って呉服町商店街内が正面になります。こちらから樹齢400余年の蘇鉄越しの本堂の姿が写真4になります。


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佐賀県唐津市
09/05/03訪
◆◇◆地図はこちらから◆◇◆

tag : 曽呂利新左衛門

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