スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

葦北鉄砲隊5周年記念 全国火縄銃サミット


火縄銃サミット


 折に触れご紹介してきた葦北鉄砲隊が結成5周年を迎えた記念に、先日『全国火縄銃サミット』を開催しました。5/12に記念講演が行われ、翌13日に御立岬公園海水浴場の特設ステージにて、全国からこの日のために集まった25団体による演武が繰り広げられました。
 参加団体が一同に揃った姿は壮観です。沖合いには海の貴婦人と呼ばれる「うたせ船」まで友情出演です。
火縄銃サミット2 火縄銃サミット3 火縄銃サミット4 火縄銃サミット5
火縄銃サミット6 火縄銃サミット7
 演武は、指揮者の声に合わせそれぞれの隊の伝統射法に乗っとって行われ、「一斉射撃」「三段撃ち」「釣瓶撃ち」などの技法と、「大筒」「馬上筒」などの銃の種類の紹介もありました。火縄銃ということもあり、火が消えたりと、アクシデントもいくつか見受けられましたが、それぞれに力の入った演武の披露に圧倒されました。熊本での開催ということもあり、砲術だけでなく、人吉相良甲冑隊によるタイ捨流剣術や根岸流手裏剣術の披露もありました。

火縄銃サミット8 そうした演武のトリを飾ったのが葦北鉄砲隊。贔屓目ではなく、発砲までの早くて無駄の無い動きと、技術の高さは群を抜いていました。



火縄銃サミット9最後には、鉄砲衆200人による一斉射撃が行われ、轟音のとどろきとともに幕を閉じました。



 葦北鉄砲隊は結成5周年ですが、その起こりは細川藩の時代にさかのぼり、藩直属の鉄砲隊「葦北御郡筒」として、明治3(1870)年まで設置されており、火縄銃伝来460年である平成15(2003)年に、芦北町有志により創隊しています。これまでの5年間で280回の演武を海外を含め披露し、高い評価を得ています。

にほんブログ村 旅行ブログへ fc2ランク←ひとポチッが次に繋がります。
【data】
熊本県葦北郡葦北町
09/09/13:訪
●関連報道
12日講演会
http://kyushu.yomiuri.co.jp/entame/topics/0909/to_09091301.htm
13日演武
http://www.asahi.com/national/update/0913/SEB200909130011.html

●これまでの葦北鉄砲隊演武の様子
熊本城400年祭(07/05/06)
戦国肥後国衆まつり(08/02/10)
くまもと城下まつり'09(09/05/31)

「タイ捨流剣術」は、検索で動画がご覧になれます。
丸目蔵人佐の墓を訪れた様子はこちらから

●今回参加された団体一覧
羽州荘内松山藩荻野流砲術隊/山形県
信州真田鉄砲隊/長野県
松本城鉄砲隊/長野県
中島流炮術/千葉県
江戸幕府鉄炮組百人隊保存会/東京都
森重流砲術研究会(武蔵国鉄砲衆)/東京都
関ヶ原鉄砲隊/岐阜県
愛知県古銃研究会/愛知県
清洲城信長鉄砲隊/愛知県
彦根鉄砲隊/滋賀県
沙也可鉄砲隊/奈良県
大阪城鉄砲隊(堺鉄砲研究会)/大阪府
堺火縄銃保存会/大阪府
根来史研究会 根来鉄砲隊/和歌山県
紀州雑賀鉄砲衆/和歌山県
備州岡山城鉄砲隊/岡山県
讃州久米流古武砲術隊/愛媛県
岩国藩鉄砲隊保存会/山口県
長府藩檪木流砲術保存会/山口県
豊後大友宗麟 鉄砲隊/大分県
NPO法人 フリーダムアイル熊本巴会/熊本県
人吉相良甲冑隊
種子島 火縄銃保存会/鹿児島県
種子島火縄銃 南種子保存会(南部鉄砲隊)/鹿児島県
葦北鉄砲隊/熊本県

スポンサーサイト

テーマ : 国内旅行
ジャンル : 旅行

堅志田城址


堅志田城址


 県内でも有数の大規模山城である堅志田城址は、平成18年に国指定史跡となっています。

堅志田城址2 堅志田城址3
その記念に、美里町の温泉施設「石段の郷 佐俣の湯」敷地内に堅志田城主・西 左衛門尉(西 金吾)の像や、堅志田城址の説明や、発掘時の写真などが飾られています。その様子は、後日別項にて書きますが、この城の規模を感じてもらえるよう、航空写真や全体図をUPしています。

文化庁のサイトに「・・・西方から東北方の栫集落へ向かって円弧状に延びる延長約400mの主軸尾根と、主軸尾根の西部から南方の熊取集落へむかって延びる延長300mの派生尾根上に、11箇所の郭、15箇所の堀切や畝堀等を有する大規模な城跡・・・」とあるようにかなりの大きさなのが、お分かりいただけるでしょうか。

 今回は写真3の図の「入口」から山道を上がってⅠ郭を訪れました。

堅志田城址4 堅志田城址5 堅志田城址6
写真4の「ようこそカントリーパークへ」の看板の手前にある細い坂道を上ります(写真5)。車がやっと通る幅の細い山道なので、車体に両脇の枝が当たってしまいます(写真6)。1本道ですし、時々道の脇に「堅志田城まで、あと○○m」の看板もあるので、迷うことは無いでしょう。

堅志田城址7


 付いたところが写真7。かなり古い感じの「堅志田城想像図」があるのみで、説明板などは見当たりませんでした。

堅志田城址11本丸(Ⅰ郭)の上から、上ってきた道を撮った物が写真8。「障子堀」などがあるのは、高い木立の奥方向になります。

堅志田城址9 写真7の右方向に進むと、小さい郭が見えます。開けた視界のすぐ下にこの郭があり、その下に木々が立ち並ぶ様子は感動的でした。写真のサイズに納まりきらない広々とした空間が広がり、どこからかカッコウの声がして、水が流れるせせらぎも聞こえ、そよそよと心地よい風が吹いて、別天地にでもいる気分です。この辺りを本丸の上から撮ったものがトップ写真です。
堅志田城址10 堅志田城址13 堅志田城址12
その本丸の上の様子は写真8。左端の一段上がった場所から撮ったものが写真9。ここから、二ノ丸(Ⅱ郭)方面を撮ったものが写真10。

堅志田城址14建物跡などの遺構は埋め戻されているのか、肉眼で確認することは出来ませんでしたが、狸か何かの足跡を発見。どうやら先客がいたようでした。

にほんブログ村 旅行ブログへ fc2ランク←ひとポチッが次に繋がります。
【data】
熊本県下益城郡美里町
09/07/12:訪
◆◇◆地図はこちらから◆◇◆
堅志田城址
http://bunka.nii.ac.jp/SearchDetail.do?heritageId=110417


続きを読む

近世宇土城址


近世宇土城址


 近世宇土城址は、小西行長が築城した当時を感じることが出来る遺構が、ほとんど残っていない城であり、そのことこそがこの城の歴史を物語っています。

近世宇土城址10 近世宇土城址4 近世宇土城址5 近世宇土城址6 近世宇土城址7
 本丸の入口の案内図(写真2)で示されている、木々が囲む広場の片隅にトップ写真の「小西行長公銅像」が建っています(赤マル内)。これは、小西行長公没後380年を記念して建てられた銅像であり、訪れた日には、像の前の広場でゲートボールを楽しむ高齢者を見守っていました。写真3は広場入口の階段を上ったあたりで撮影したものです。

近世宇土城址8 この辺り一帯は、昭和55年から発掘調査により、約2mの盛り土となっていることが判明しています。「肥後宇土軍記」に関が原の合戦後に領主となった清正が、宇土城を隠居所にするため普請した記述があることから、現在の石垣は加藤清正が積ませたものと考えられます。積み方は熊本城にも使われている打ち込みハギ(写真7)。地上の高さと同等程の深さの石垣が埋まっているのだそうです。

 城を大改修した清正もこちらで余生を楽しむ前に没し、一国一城令により廃城。さらに、天草・島原の乱後、再び徹底的に城は壊されたのです。

にほんブログ村 旅行ブログへ fc2ランク←ひとポチッが次に繋がります。
近世宇土城址2【data】
熊本県宇土市古城町‎
08/10/下旬:訪
◆◇◆地図はこちらから◆◇◆

※宇土市教育委員会による、昭和55年からの宇土城跡(城山) 宇土市埋蔵文化財調査報告書は、一部の古書店などでも、ネット販売されているようです。

続きを読む

中世宇土城址


中世宇土城址


 宇土市には、小西行長が築いた近世宇土城(城山)と、この中世宇土城(西岡台)の2つの宇土城址が残っています。
中世宇土城址2 「西岡台」と呼ばれる標高39mの小高い丘陵のほぼ全域、東西700m、南北350mの規模をもつ中世宇土城は、昭和54年に国指定史跡となっていることもあり、トップ写真のように、城址全体の図面や、発掘時の航空写真や出土品、説明文、日本史と対比した年表などが添えられており、要所々に看板や説明板で遺構の様子を指していました。出土品の写真の中には、備前焼や、中国で焼かれた青磁や白磁、鉄砲の玉やタイ製陶磁器なども見られ、交易が行なわれていたことがわかります。

中世宇土城7


 「竪堀跡」と平行につくられた遊歩道を進むと、主郭の「千畳敷」を囲む堀跡があります。写真のベージュの部分はセメントのようなもので固められています。こうした保存方法がどうして選択されたのかは謎ですが・・・。

中世宇土城址3 虎口から内部に入る前に周りを一周してみることに。ほどなく内堀跡の内部に、野外展示された石塔が見られました。これは破城の儀式として、意図的に五輪塔・宝篋印塔などを投げ込んだものといわれ、九州では初めて、全国的にも珍しい出土なのだそうです。九州の出では無いキリシタン大名の行長が、新しい城を築いて移るにあたり、供養塔や墓石であるこれら石塔を投棄したということでしょうか。

中世宇土城8やがて、平場の発掘調査で発見され、整備で平面的に表示された「外堀跡」の部分が見えてきました(左側のベージュの部分)。千畳敷を守りをより強固にするためと考えられています。

中世宇土城址4 この「外堀跡」に沿って行くと「宇土城跡」の石碑がありました。先の案内図からすると、往時は大手からこちらが通路となります。麓やこの南側斜面に、領主や家臣、民衆が暮らしていたと考えられています。石碑の後方に「三城」の部分があるので、そちらもいってみることに。

中世宇土城址5 中世宇土城址6
曲輪内に建物跡などの遺構があるようですが、下草に覆われていて、進めないし、登れないしで、引き返すことに。少し戻ったところで「千畳敷」の後側を撮影。ここから腰曲輪の様子がよく見えます。

中世宇土城9「千畳敷」を囲む堀跡から「三城」方向も撮影した後、「竪堀跡」に架かった小さな橋を渡って北側へ。

中世宇土城址10 この辺りの堀底は、デコボコとしていて、「小間割」と呼ばれる工区分けの跡、もしくは堀の掘削行程の過程を示し、工事が中断されたために残ったと考えられています。


中世宇土城址11 中世宇土城址12
 周りを一周したところで、虎口を通って「千畳敷」に入ります。裏側からも撮影。堅い守りを感じるつくりになっています。
中世宇土城址13 中世宇土城址14
発掘調査により、柱穴が多数確認され、その様子から幾度か建て替えも行なわれたようです。その中で16世紀後半頃の同時期に存在した16号・17号の柱跡と、19号が復元されていました。

この19号建物は、素掘りの柱穴に柱を据え付けた掘立柱建物で、瓦の出土が無いことから、板葺きか、萱葺きの屋根だったようです。内部の様子も撮影しています。

中世宇土城址15手前が16号、奥が17号になります。


中世宇土城址16周りの樹木が茂っているので、「千畳敷」から、開けた眺めは望めませんでしたが、せっかくなので堀のセメント^-^;ゞも入れて撮影してみました。

尚、この城造りの大規模工事で、建物跡などは無くなっていますが、4世紀頃・古墳時代前期に「千畳敷」には豪族の住まい「首長居館」があり、壕から土師器の壺・甕・高つきなどが出土しており、また案内図の左端にあるように、縄文時代の西岡台貝塚も発掘されています。

にほんブログ村 旅行ブログへ fc2ランク←ひとポチッが次に繋がります。
【data】
熊本県宇土市神馬町
09/07/12:訪
◆◇◆地図はこちらから◆◇◆
※行かれる際は「宇土斎場」(熊本県宇土市神馬町349-1)が目印になると思います。この前の道を進むと十字路に、左が近世宇土城/右が中世宇土城址の表示板がありますのでそれに従うと駐車場に着きます。
中世宇土城址
http://www.city.uto.kumamoto.jp/bunka/history/bunkazai/05shiro.html

続きを読む

山里口


山里口


 秀吉の居館区域のこちらは往時、上山里丸と下山里丸があり、能舞台茶室など遊興的な建物の遺構も発掘されています。
そうした空間へのアプローチであるこの山里口は、折れを繰り返した防衛機能のある虎口構造になっています。
山里口2 山里口3
 名護屋城跡で、多くの崩された石垣を見てきたばかりの目には、この整然と積みあがっている様子は違和感があるのですが、秀吉の居住空間のこちらは、破城の作法により粘土の盛土での封印が窺え、そのため石垣が壊されること無く残っているようです。無論、発掘調査後の修復工事が行なわれています。その部分も色分けで説明板に表示されており、また、石垣修理の手順もイラスト入りで描かれています。

山里口4 山里口5 山里口6 山里口7
 折れを体感しながら上部へと登ってみました。 最上部より一段下のところの様子をパノラマ合成してみました。

山里口9


山里口8 左側の石段の上の面には門の礎石も残っています。最上段の辺りを裏側から撮った写真がこちらです。


にほんブログ村 旅行ブログへ fc2ランク←ひとポチッが次に繋がります。
blogram投票ボタン
【data】
佐賀県唐津市鎮西町
2009/05/06訪
◆◇◆地図はこちらから◆◇◆
検索フォーム
カテゴリ
文字サイズ拡大はこちら
◆記事内の写真を
 クリックすると拡大
します
灰緑色文字リンクしてます
◆便利な見方◆
1.下のindex ↓ をクリック
2.開いたページの各項目
 をクリック
3.県別の色分けから
 お目当てをクリック
automatic translation
プロフィール

Nov momiji

Author:Nov momiji

熊本・観光文化検定1級取得
わかりやすい旅の案内を
していきたいです。

お絵描き日記」も宜しくです。

最新記事
カレンダー
プルダウン 降順 昇順 年別

09月 | 2017年10月 | 11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -


QRコード
QRコード
リンク


ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

メールフォーム
こちらから連絡は出来ますがサイトに表示されるわけではありません

名前:
メール:
件名:
本文:

RSSリンクの表示
FC2ブックマーク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。